6. オルガンとの出会

 私がオルガンの音を耳にしたのは、実はチェンバロよりずっと早い時期でした。音楽マニアだった父は家でよく音楽を聞いていましたが、その中にオルガンもあり、バッハのパッサカリアなどはかなり小さい頃から聞いていました。オルガンは「足を使って弾く」というのがすごく珍しく、またとても難しそうだったので、私には無縁の楽器だと思っていました。

 時が経って、ベルギーに留学しましたが、ヨーロッパには教会がたくさんあります。教会に入るとオルガンの音が聞こえてくる事がよくありました。「教会で聞くオルガンの音」にいつしか惹かれていきました。留学中に師事していたコーネン先生は、もともとオルガニストです。そこで留学2年目に「オルガンも勉強したいんだけど」と相談したところ「じゃ僕の教えているブリュッセルアカデミーに入ればいい」と言ってくれました。先生と一緒に登録に行った時「ここはフラマン語圏だから、フランス語はしゃべってはいけない」と言われ、先生とは英語で会話したのを覚えています。

 初めはペダルの少ない曲から勉強しましたが、楽譜を見ていると、左手がどうしてもバス(つまりペダルのパート)を弾いてしまい、すごく苦労しました。つまり、左手が内声を弾くのに違和感があって、できなかったのです。慣れるのに1年ぐらいかかりました。

 ある時先生がバッハの「前奏曲とフーガ ロ短調 BWV544」を弾いてくれました。その曲がすごく気に入り「どうしても弾いてみたい」という衝動にかられました。楽譜屋さんで譜面を手に入れ、手の部分だけチェンバロで弾いていましたが、どうしてもペダルも入れて弾きたくて、時間を見つけては教会に行って練習をしました。いきなりこんな大曲を弾こうというのですから、そう簡単にはいきません。かなり意地になってさらい、やっと前奏曲だけ弾けるようになりました(形だけですが)。この曲は猛烈にさらっただけあって、後に弾いても手と足が覚えていてくれました。

 帰国してからは、オルガンの事は気になっていたものの、物理的にできる状態ではありませんでした。しかし、あるきっかけが私をオルガンへと引き寄せてくれたのです。98年にヴェネツィアに行った際、たまたま入った教会でオルガンの音が聞こえてきたのです。留学時代に惹かれた「教会で聞くオルガンの音」でした。この時「今オルガンを再開しないと、一生できないだろう」と思い、決心をしました。昔私がピアノを教えていた生徒がオルガンに転向していたので、その子の先生を紹介してもらいました。

 留学時には、弾きたいものを弾かせてもらっていたので、テクニックに関しては先生も目をつぶっていたんだと思います。再開後は一から教わりました。まず、ア−ティキュレ−ションの違いにびっくりしました。チェンバロのア−ティキュレ−ションがしみついてしまっているので、ある音型を見ると自動的にチェンバロっぽく弾いてしまいます。しかし、オルガンはすべて切って弾かなければいけません。慣れるのに随分時間がかかりました。

 私が習っている教会のオルガンは古いものを弾くのに適しています。そこでフレスコバルディやスヴェ−リンクを弾いてみたらとてもよかったので、今度はポジティフオルガンをやりたくなりました。昨年、オルガニストの友人の家でポジティフを弾かせてもらって、すっかりとりこになってしまいました。

 そこで今回、ポジティフもリサイタルで弾くことにしました。この企画はある人の助言によるものなのですが。家にはペダル付きの電子オルガンしかないので、ポジティフは色々なところに出掛けていってさらっています。毎回新しい発見があって、楽しんで練習をしています。

 パイプオルガンは趣味としてずっと続けていきたいと思っています。弾きたい曲がたくさんあるので、それが弾けるようになるのが「夢がかなっていく」ようで楽しいんです。チェンバロは「どんな曲でも弾けて当たり前」でなくてはいけませんから「楽しい」だけではすまないところがあります。音楽をやっていく上で「楽しみ」ができた事は、きっとチェンバロにも活かされると思っています。


2001.1.16