49.色々な事に通じる「緩急」と「脱力」

今日は最近聞いた興味深い話と、常々思っていたことを書きます。

 

音楽では「緩急」を付けることが大事です。でも、チェンバロは音の強弱が付きにくいことと譜面に強弱記号がまず書かれていないので、それを自分で作らなければなりません。楽譜をよく読み込んでいけばそれが見つかります。そのためには最低限の理論を勉強した上での分析は必要です。どの音やパッセージが重要でどれが重要でないか(といっておろそかにしてはいけませんが)を見極めなければなりません。そうすると表現したいことがより浮き立ちます。

 

先日、小説家 志賀直哉の甥と話をしていて、昔ある知人が志賀直哉の小説は難解だと言っていたのでその話をしたら「そんなことないよ。直哉の文章にはリズムがある。文章を書くというのは表現したいことばかりを並べていてはいけない。表現したいところとそうでないところとのリズムが重要。直哉はそれが上手いから読みやすいよ。」と言われました。絵画でも同じだそうで、それが「緩急」をつけるということで、何事にも共通なんだなと感じました。

 

「緩急をつける」といえば、エッセイ29でも書いた私の趣味のフィギュアスケート(観賞)でもよく言われることです。テレビの解説者が「緩急」とか「メリハリ」いう言葉をよく使いますが、生で観ているとそれが一層わかります。29を書いた頃は生観戦をしたことはなかったのですが、その後はまってしまいました。生で観るとテレビではわからないことがよくわかります(どこがかと言えば・・・語ると止まらなくなるのでやめておきます)。そして私は「緩急」のついた演技が好きです。元々音楽を表現していない演技は好きではないので、音楽を表現しようと思えば緩急は付くのかもしれませんが。フィギュアスケートはスポーツなので、癖のないダイナミックなジャンプも見逃せません。おっと・・・ちょっと脱線してしまいました。

 

そして何事にも通じるのが「脱力」。

これは色々な生徒を見てきて考えたことです。音が伸びない人は力が入っているんですね。特に音をのばしている時に力を入れっぱなしにしていることが多いです。私自身はどこの力を抜いているか意識したことはなかったのですが、体幹はしっかりさせておいて肋骨のあたりの力を抜いていることを発見しました。そうすると音が伸びます。

 

この話をある生徒のレッスンの時にしたら、陶芸でも同じだそうです。また、書道にも通じるらしいです。スポーツでも「脱力」の大切さを目にすることがよくあります。

 

音楽をやるには歴史的背景や語学も勉強しないといけませんが、色々なことと通じる面があると思うと興味が広がっていき、ますます楽しくなります。

 

                               2013.5.1